TAKAMARUのメモブログ

このブログは、主に「dis」というものや「ニセ科学批判批判」というものについてメモしています。

不思議な話『disブログ運営に関するプラトンの考察』

 「disブログ運営に関するプラトンの考察」とは、あのプラトンの「国家」の罵倒芸版である。
 ブログ上で議論の公平性を突き詰めるとどうなるのかを説いている。
 数千年の間に散逸していたが、近年になって概要が明らかになりつつある。以下に、内容の一部を紹介する。

 『……そこであなたは、自分のブログで公平な議論を徹底させることを決めたとする』
 『すると、噂を聞きつけた読者達が、忌憚のないコメントを送ってくる』
 例:「公平な議論って言うけれど、結局はブログ主さんの主張にとって都合の悪いコメントは全て削除するんでしょ」
 例:「あるいは、ブログ主さんの記事に科学的な間違いを見つけてツッコミを入れた読者に向かって、【これでもか!】というほどのキレ芸を返してドヤ顔を決めるんでしょ」
 例:「そんなブログ主さんに、『ここは公平な議論を行うブログです(^-^)』とか言われても、鵜呑みに信じて近づく人なんか居ないでしょ」

 例:「この私は、完璧に公平な思考を持つ傍観者であるが、それにしてもブログ主殿の記事はカスだと言える」
 例:「なぜならば、曖昧で抽象的で、どうにでも解釈できるという、ごく普通の悪しき相対主義だからである」
 例:「もっと、オリジナルの悪しき相対主義を開発するべきではないのかね? 常勝のニセ科学批判批判者を目指しているのであろう?」

 例:「こんにちは! ブログ主さんの記事は、駄目すぎだと思います! というのも、前フリが濃密な割りに本論がスッカスカという、どこかのニセ科学批判批判で見たような芸風だからです!」

 例:「ネット上で非合理批判を行う科学絶対主義者め! 空飛ぶスパゲッティ・モンスターを敬うと言え!」
 例:「貴様が地味に積み重ねてきた過去の二セ科学批判活動は、まるで罵声実験でドロドロに腐りきった柿のようだ!」
 例:「汚ねえdis見せるな」
 例:「私のコメントがツラの厚いdisでなかったことを、幸いに思え!」
 例:「安楽椅子からのんびり世間に物申す貴族的なブロガーの主張を、私の庶民的なサイトで吊るし上げ♪」

 『このようなコメントをもらったあなたは、その読者達の機嫌を損ねないように気を配り、ソフトな言葉でネットマナーを説く』
 『すると、読者達は不満を述べる』
 例:「礼儀の説教とは、なんてつまらんブログ主なのだ」「真面目が過ぎて退屈ですわ」「他所の炎上芸のブログに行こうっかなー」

 『あなたは、その読者達の気を引こうとして、disに満ちた記事を書く』
 『それを見た読者達は、あなたを褒める』
 例:「そのdisの記事、超やばくない?」

 『あなたは、その読者達の気を更に引こうとして、他所のブログに向かってdisに満ちたトラックバックを送る』
 『それを見た読者達は、あなたを褒める』
 例:「ていうか、そのdisのトラバ、逆に受ける、みたいな、感じ?」

 『あなたは、その読者達の気を殊更に引こうとして、【少しでも意見が異なる他所のブログを見つけると直ちにdisに満ちたトラックバックを送るブロガー】となる』
 『読者達は、嬉しくなって叫ぶ』
 例:「ヒャッハッハ、すぐにdisるブロガーだあっ!」

 『あなたのすぐにキレる態度は、その読者達から好評を得る。その読者達の口コミによって、新たな読者が来訪する』
 例:「ブログ主さん、こんにちは。私は、太陽系のヘリオポーズ付近を移動しながら地球圏のネットを閲覧している者です」

 『あなたのブログの愛読者達は、「少しでも異を唱えられると、すぐにキレてdisり合いを始める」という傾向の人々で占められるようになる』
 例:「その主張は、本気で言っているのですか?」【誰がドンキーやねん!】
 例:「そのリアクションの仕方、もしかして、お笑い芸人の間寛平さんのファンですか?」【誰がカナッペやねん! 誰がアガペーやねん! 誰がエウローペーやねん! 誰がペーペーの論者やねん! チッキショー!】
 例:「ああ、コウメ太夫さんのファンでしたか……。チッキショー!」

 『あなたは、その読者達に向かって、「すぐにキレてdisり合いを始めることは良くないですよ」と言いたくなる』
 『しかしながら、「すぐにキレる芸風のブログ主さんに、それを言える資格がありますか?」と返されることを恐れて、言わない』

 『あなたは、渋々ながらも、読者達によるdisり合いを容認するブロガーとなる』
 例:「なんたることだ。こうなったら、私自身の考え方を変えるしかない。好き放題のdisり合いが保障されている私のブログは、ネット上で一番の幸せなブログだあーっ!」

 『このように、ブログ上で公平な議論を徹底しようとすると、どんなに礼儀を重視するブロガーであっても、やがては罵倒芸を重視するブログを運営することになってしまうのだ』

 そのようにプラトンは言っている。